大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)15021号 判決

原告

前地晴喜

右訴訟代理人弁護士

山口英資

長澤彰

鷲見賢一郎

被告

同盟交通株式会社

右代表者代表取締役

濱田保

右訴訟代理人弁護士

橋場隆志

當山泰雄

主文

本件訴えのうち、労働契約上の権利存在確認請求部分を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、二〇万四七九八円及び昭和六三年六月から毎月二五日限り四六万〇三八〇円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  被告は、肩書地に本店を置き、乗務員約二〇〇名を擁してタクシー業を営む株式会社であり、原告は、昭和五〇年一月一三日、被告に雇用され、タクシー乗務員として就労していた。

2  ところが、被告は原告に対し、昭和六三年四月五日、同年五月五日付で解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をし、以後、原告の労働契約上の地位の存在を争っている。

3  しかし、本件解雇は左の理由で無効である。

(一) 本件解雇は、就業規則に定める解雇事由なくしてなされた。

(二) 本件解雇は、組合活動家である原告を排除するために解雇権を濫用してなされたものである。

すなわち、被告は、営業収入を挙げるために所定労働時間を超えて勤務させながら、所定労働時間内勤務であるかのように装うためにタコグラフを改竄し、これに合わせて乗務記録に時間を記載させるということを行っていた。このことは乗務員に長時間の強制労働を課すことから事故発生の原因となり、そこで、労働組合としてはタコグラフに手を触れないという「タコグラフノータッチ運動」を展開していた。原告は、この運動の中心的な活動家であったので、被告は原告を排除するために本件解雇をなしたのである。

(三) 本件解雇は、被告の意思によるのではなく、解雇権限を欠く取締役営業部長中村久夫の独断によってなされた。

(四) 本件解雇は、被処分者に不服申立てを保障するために必要である就業規則の適用条項を明記しないでなされたので、重大な手続違背をなしている。

(五) 本件解雇は、その事由の「適格性を欠く事由」につき原告に全く告知と聴聞の機会が保障されずになされたので、重大な手続違背をなしている。

4  ところで、原告は、被告から毎月二五日に賃金を支給されていたが、昭和六二年一〇月から同六三年三月までの間に支給された一か月当たりの平均賃金額は四六万〇三八〇円である。

また、原告が昭和六三年五月支給分として被告から受領した賃金額は二五万五五八二円である。

5  よって、原告は被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに昭和六三年五月支給分の未払賃金二〇万四七九八円及び同年六月から毎月二五日限り四六万〇三八〇円の賃金の支払を求める。

二  被告の認否及び反駁

1  原告の主張のうち、1、2及び4の各事実はいずれも認めるが、3の事実は否認する。

本件解雇は、被告の意思決定によるものであり、取締役営業部長中村久夫は、これに基づき原告に本件解雇を伝達したのである。

本件解雇に際しては、原告がタクシー乗務員として適性を欠いていることその他諸般の事情により解雇する旨を原告に明示しており、解雇事由の明示としてはこれで十分である。

被告は、原告にあらかじめ十分な弁解の機会を与え、原告から提出された報告書等を参照したうえで、本件解雇をなしたのである。

2  本件解雇事由は、原告に次のとおりの不相当な行為(乗車拒否は就業規則で懲戒解雇事由ともなっている。)があり、被告の乗務員としての適格性を欠いたうえに、〈23〉を理由に「東京城西旅客自動車事業協同組合」(以下「東京無線」という。)の無線車乗務員としての登録を取り消されたことによる。

〈1〉 昭和五一年五月二七日午後九時四五分ころ、文京区(以下、略)(外掘通り)後楽園入口付近で、乗車拒否をした。

〈2〉 同年七月二〇日、勤務時間中に麻雀に興じ、怠業した。

〈3〉 同年一一月五日、無線で配車を命じられたが、到着遅延した。

〈4〉 同五二年一月一九日、深酒のうえ、被告社屋の仮眠室に侵入した。

〈5〉 同年二月一八日、被告社屋内で飲酒した。

〈6〉 同五三年二月二三日午前二時七分ころ、区域外である旧国鉄千葉駅前で客待ちをした。

〈7〉 同五四年二月二〇日、無線で配車を命じられたが、到着遅延した。

〈8〉 同年七月二三日午後九時五三分、無線で神田錦町新東京ホテルに配車を命じられたが、客からキャンセルが入った旨の虚偽の報告をした。

〈9〉 同五五年七月五日、無線で配車を命じられたが、到着遅延した。

〈10〉 同年八月九日、配車を命じられたが、乗務を拒否した。

〈11〉 同年一二月二六日午後一〇時三〇分ころ、旧国鉄西日暮里駅前において、行く先を西新井と告げた客の乗車を拒否した。

〈12〉 同五六年五月二二日、無線で配車を命じられたが、到着遅延した。

〈13〉 同年一一月二日、無線で配車を命じられたが、到着遅延した。

〈14〉 同五七年八月三〇日、無線で配車を命じられたが、到着遅延した。

〈15〉 同五八年二月一五日午前二時ないし三時ころ、被告社屋の休憩室で飲酒し、同僚に暴行を加えた。

〈16〉 同年一一月二日、無線で配車を命じられたが、到着遅延した。

〈17〉 同年一二月一日、新橋柳通りニュー新橋前で駐車待機違反をした。

〈18〉 同月二三日午後一一時一九分ころ、台東区上野二丁目付近において、行く先を浅草と告げた客に対し、行く先が反対であることを理由に乗車を拒否した。

〈19〉 同五九年三月五日に常習的遅刻を理由に、同月六日に中抜き休憩の取りすぎを理由に被告の営業部長から各口頭注意を受けた。

〈20〉 同年四月二六日、無線で配車を命じられたが、到着遅延した。

〈21〉 同年七月二七日、勤務時間中に社屋内の休憩室で将棋に興じ、怠業した。

〈22〉 同六一年一二月一日午後一一時三五分ころ、新大宮バイパスで乱暴運転をした。

〈23〉 同六二年一二月二四日午後一〇時ころ、青梅街道を中野坂上から成子坂下方面に向かう途中で客を乗車させたが、右客からUターンして荻窪を経由して清瀬まで行くよう告げられたのに対し、「こんな混んでいるところではUターンできないよ。」と文句を言い、さらにUターンをして荻窪に向かう途中、右客に対し、「清瀬のような僻地には行けない。」と言って途中下車を強要し、下車させた。

3  被告は定年退職制度を設けており、従業員は満六〇歳に達した後の最初の三月三一日をもって退職することになっている。

原告は、平成四年八月一一日に満六〇歳に達したので、同五年三月三一日をもって、原被告間の労働契約は終了した。

三  原告の認否

1  本件解雇事由について

(一) 〈1〉の事実は否認する。後から割り込んだ乗客に対し、先客を優先させる旨を述べただけであり、乗車拒否ではない。

(二) 〈2〉の事実は認める。休憩時間中に誘われて興じていたところ、勤務時間に食い込んでしまった。

(三) 〈3〉の事実は認める。但し、交通渋滞に巻き込まれて遅延したのである。

(四) 〈4〉の事実中、深酒のうえ仮眠室に宿泊したことは認めるが、これが侵入に当たるとの点は争う。当時、仮眠室の出入口は常時開放されており、深夜でも出入りして宿泊することができた。

(五) 〈5〉の事実は否認する。

(六) 〈6〉の事実中、客待ちしていた点は否認し、その余の点は認める。原告は、右場所で乗客を下車させた後、清涼飲料水を飲んで一服していたのであって、客待ちをしていたのではない。

(七) 〈7〉の事実は否認する。

(八) 〈8〉の事実は認める。但し、運転区間が短かったため虚偽通信をしたのであるが、このようなことは当時横行しており、被告も黙認していた。

すなわち、東京無線では、無線で配車を命じた後、注文がキャンセルされると、その配車を命じられていた乗務員に対し、優先して次の配車を行うこととしており、これを配車替えと呼んでいる。乗務員は、運送区間が短かい場合に配車替えによる優先的な配車を受けるために、無線で配車を受けた客の運送を終えた後に東京無線に右客の注文がキャンセルになった旨の虚偽の申告をすることがあり、このような行為が虚偽通信と呼ばれている。

昭和五四年当時、東京無線は、運送区間の短いことにより乗務員が受ける不利益を補償する措置として、この虚偽通信を黙認しており、東京無線の教育指導部長も、当時、配車替えの三分の一は虚偽通信とみている旨述べていた。また、虚偽通信は、顧客との関係では何ら支障を生じるものではない。このように、虚偽通信には、それなりの合理性があり、後には、運転区間が短いことを理由に配車替えを行う配車替えシステム、東京無線が指定するいくつかの待機場所で一般客を乗車させた後、待機場所に戻った場合には優先的に配車が受けられるという先車配車システムが正式に制度化されている。

(九) 〈9〉の事実は認める。但し、途中の交通渋滞のためであり、乗客に支障はなかった。

(一〇) 〈10〉の事実中、配車を命じられた後乗務しなかったことは認めるが、これが乗車拒否に当たるとの点は争う。原告は、当日体調が悪く、後日への振替か欠勤を申し出たが、被告に受け入れられなかった。

(一一) 〈11〉の事実は否認する。原告は、現場に到着する前に、夕食をとるために回送板を掲示していたにもかかわらず、乗客を降車させて料金を精算している間に酔客が強引に乗車しようとしたので、同人に対し乗車を断ったのである。

(一二) 〈12〉の事実は認める。但し、赤信号による停車が重なったため予定どおりに到着できなかったもので、遅延したのはせいぜい二、三分である。

(一三) 〈13〉の事実は認める。但し、遠方であったうえ、途中の道路工事のためであった。

(一四) 〈14〉の事実は認める。但し、到着が遅れたのは、無線不通のため東京無線と連絡が取れなかったためである。

(一五) 〈15〉の事実は否認する。同僚と紛争を生じたことはあるが、原告を快く思っていなかった同僚が原告に紙コップに入ったコーヒーを浴びせかけながらつかみかかってきたというのが実態で、原告が暴力行為に及んだことはなかった。

(一六) 〈16〉の事実は否認する。

(一七) 〈17〉の事実は否認する。原告は、夕食後に車内で一休みしていたのであって、客を乗車させようと待機していたのではないので、駐車待機違反には当たらない。

(一八) 〈18〉の事実は否認する。原告は、先客の料金精算が済んでおらず、また場所が交差点内であったため、当該客に一時乗車を待ってもらっただけであり、その後、その客を乗車させている。

(一九) 〈19〉の事実は否認する。遅刻を理由に早く出勤するよう言われたことはあるが、常習的遅刻を理由としたのではない。また、中抜き休憩の取り過ぎを理由に早く出るよう言われたことは認めるが、わずかの休憩時間の経過があったにすぎない。

(二〇) 〈20〉の事実は認める。但し、原告は、交通渋滞に巻き込まれて進行できなかったので、東京無線に代わりの車を差し向けるよう無線で要請したが、代車がないので進行するよう指示され、これに従ったのであり、このほか、道路工事、定期バスの立ち往生等もあったので、遅延の原因は原告にはなかった。

(二一) 〈21〉の事実は認める。食事休憩時間中に将棋に興じていたところ、勝負がつかないまま勤務時間に入ってしまった。

(二二) 〈22〉の事実は否認する。前方を走行中のオートバイが危険な走り方をしたので、注意を促すため一回パッシングをしただけである。

(二三) 〈23〉の事実は否認する。

2  定年退職について

3の事実は認める。

理由

一  労働契約上の地位確認請求について

被告は定年退職制度を設けており、従業員は満六〇歳に達した後の最初の三月三一日をもって退職することとなっているところ、原告は、平成四年八月一一日に満六〇歳に達したので、同五年三月三一日をもって原被告間の労働契約が終了したことは争いがないから、本件訴えのうち、労働契約上の権利存在確認請求部分は確認の利益を欠き不適法である。

二  賃金請求について

原告の主張1、2及び4の各事実はいずれも争いがない。

そこで、本件解雇の有効性について検討する。

もっとも、原被告間の雇用契約が終了した後の平成五年四月一日からの賃金請求については本件解雇の有効性について検討するまでもなく理由のないことは右に述べたところから明らかである。

1  まず、本件解雇事由として主張する乗車拒否等の不相当な行為の存否について検討する。

(一)  〈1〉の事実中、原告が乗車拒否をした点を除き、その余の点は争いがない。

証拠(〈証拠略〉)によると、原告が右乗車拒否をしたことを認めることができる。

(二)  〈2〉の事実は争いがない。

(三)  〈3〉の事実は争いがない。

(四)  〈4〉の事実中、原告が侵入した点を除き、争いがない。

証拠(〈証拠略〉)によれば、原告が仮眠室に侵入したことを認めることができる。

(五)  〈5〉の事実は証拠(〈証拠略〉)によって認めることができる。

(六)  〈6〉の事実中、原告が客待ちをしていた点を除き、その余の点は争いがない。

証拠(〈証拠略〉)によると、原告は、右場所で空車で駐車していたことを認めることができるが、右場所で乗客を下車させた後休憩していたのであって(原告の供述)、客待ちをしていたことを認めるに足りる証拠はない。

(七)  〈7〉の事実については、これに副う証拠(〈証拠略〉)は、原告の供述と対比してにわかには信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(八)  〈8〉の事実は争いがない。原告は、虚偽通信は黙認されていた旨弁明するが、証拠(〈人証略〉)と対比してにわかには信用できない。

(九)  〈9〉の事実は争いがない。

(一〇)  〈10〉の事実中、原告が乗務を拒否した点を除き、争いがない。

証拠(〈証拠略〉)によると、原告が右乗務を拒否しことを認めることができる。

(一一)  〈11〉の事実中、原告が乗車を拒否した点を除き、その余の点は争いがない。

原告が乗車を拒否した点に副う証拠(〈証拠略〉)は、他の証拠(〈証拠略〉)と対比して乗車拒否といえるかは疑問があるのでにわかには信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(一二)  〈12〉の事実は争いがない。なお、遅延時間は約五分間であった(〈証拠略〉)。

(一三)  〈13〉の事実は争いない。なお、遅延時間は約一九分間であり(〈証拠略〉)、到着遅延は道路工事中のためであった(〈証拠略〉)。

(一四)  〈14〉の事実は争いがない。なお、遅延時間は約一二分間であり(〈証拠略〉)、到着遅延は道路渋滞のためであった(〈証拠略〉)。

(一五)  〈15〉の事実は証拠(〈証拠略〉)により認めることができる。

(一六)  〈16〉の事実は証拠(〈証拠略〉)により認めることができる。

(一七)  〈17〉の事実は証拠(〈証拠略〉)により認めることができる。

(一八)  〈18〉の事実中、原告が行く先が反対であることを理由に乗車を拒否した点を除き、その余の点は争いがない。

証拠(〈証拠略〉)によると、原告は行く先が反対であることを理由に乗車を拒否したことを認めることができる。

(一九)  〈19〉の事実は証拠(〈証拠略〉)により認めることができる。

(二〇)  〈20〉の事実は争いがない。

(二一)  〈21〉の事実は争いがない。

(二二)  〈22〉の事実は証拠(〈証拠略〉)により認めることができる。

(二三)  〈23〉の事実については、本訴でその存否、評価をめぐって中心的な争点となった。そこで、右事実の存否につき検討することとする。

証拠(〈証拠・人証略〉)によると、次の事実を認めることができる。

原告は、昭和六二年一二月二四日午前七時過ぎに出勤して乗務に就いたが、当日は料金メーターの故障のために回送や修理待ちを余儀なくされたほか、約一時間にわたる待機の後にキャンセルがあり、他にも事実上のキャンセルが二件あったため、食事や休憩時間が不規則になり、午後一〇時ころには相当疲労が蓄積していた。

そこで、原告は、同日午後一〇時ころ、食事のため回送板を掲示して青梅街道中野坂下付近から新宿方向に向かって車の激しく混雑する中を低速で進行中、前方で一人のタクシー待ちをしている者を認めた。他の空車と思われるタクシーがその者の前を次々と通過するので、原告は停車し、その者に「回送中ですけれども、お近くでしたら行けますが。」と声をかけた。すると、右の者は、「荻窪です。お願いします。」と言い、離れていた連れの二人を呼んで三人で乗車した。客らは発進後、経路と目的地を変更し、中野坂上、荻窪の八丁を経由して清瀬まで行くよう指示したうえ、その場でUターンするよう原告に求めたが、これに対し、原告は、「ここはUターン禁止の場所ですし、こんな混雑の中でUターンしろと言われるのはノーマルではありませんね。とにかく、向きを変えますから。」と言って、一旦右折して十二社通りに入り、方向を転換して中野坂上まで走行したが、そこで客の一人が降車した。

原告は、次に荻窪に向かって走行を開始したが、運転しながら、残った二人の客に対し「今日はアクシデントが重なり、今は食事のため回送中でした。今のうちに食事をとっておかないと今夜の仕事ができなくなります。最初の約束は荻窪ということでしたし、八丁へお送りした後は近くの西部池袋線の駅とかにして下さいませんか。」と言った。客らは「無理を頼むだけのことはするから、とにかく頼みますよ。」と言い、しばらく相互にやりとりがあったが、最後に原告が「清瀬は遠いし、時間のかかるコースですから聞いていただけるなら、というのが私のお願いです。」と結んだ。

原告の車両が鍋屋横丁付近を通過したころ、客の一人(以下「客A」という。)が原告に対し「君はどこだ。」と尋ねた。原告が「私の住所でしょうか。」と問い返したところ、客Aは「そうだ。」と言ったので、原告が「立川です。」と答えると、客Aはさらに「立川か。それなら清瀬を知ってるだろう。なぜ清瀬が僻地か。」と言い出した。原告はこれに対し「そうは申し上げていません。私のただ今の特別な事情を申し上げました。」と言ったところ、客Aは「私は東京無線をよく使っている。東京無線の幹部達もよく知っている。こういうことなら東京無線を使うのは考える。」と言った。原告は「東京無線のお得意様でしたか。最初からそうおっしゃって下さってたら余計なことは申し上げませんでした。特定のお得意様は絶対だし、お運びしたいのも運転手の心情です。お客様も意地が悪いですよ。ぜひ清瀬までお運びさせて下さい。」と言った。すると、もう一人の客(以下「客B」という。)が「楽しく行きましょうよ。私たちはあなたを責めたりとがめたりするようなものじゃない。八丁で私を降ろし、清瀬までお願いしますよ。」と述べ、原告は「そのようにいたします。」と返事をした。しかし、客Aは、「私も八丁で降りる。」と言いだし、客Bは客Aに対し「運転手さんも快く承知してくれているのだし、遅いのだからこの車で帰りなさいよ。」と言い、原告も清瀬まで乗車するよう客Aに勧めたが、客Aは聞き入れようとせず、かえって興奮を募らせ、「客を差別するのか。」などと発言した。客Bは、その後「私はここでちょっと飲んでいくから。」と言って、荻窪駅前で下車したが、その時もなお客Aに対し清瀬まで乗車して行くよう説得し、原告に対しては、責めたりとがめたりするようなことはしない旨を述べ、原告もそうしてほしい旨を述べたが、客Bが下車した後、客Aは「自分も降りる。」と言って下車した。客Aは、下車する際、「うそではないだろうが。」と言いながら東京無線のチケットを一枚原告に示したが、料金は現金で支払った。

原告は、渋滞で停車した際に客の方から歩み寄ってきて荻窪までの乗車を求めてきた旨を供述するが、原告の右事件直後の作成にかかり被告に提出した昭和六二年一二月二六日付けの報告書(〈証拠略〉)中の右の点に関する記載内容は右認定のとおりであり、同報告書は記憶がより鮮明なうちに原告自身によって作成されたものであるから、その内容は原告の右供述よりも真実性が高いものと考えられるので、右供述は採用できない。

次に、原告は、客Aが約一五メートル後方に戻り、他の客二人と約五分間何かを話してから車に乗り込んだが、その間に客同士の間に気まずい雰囲気が生まれ、客Aは、そこでの怒りを原告にぶつけてきたのではないかと推測する旨を供述する。しかしながら、このような事実は原告の行為を評価するに当たっての重要な意味を有する事柄であるにもかかわらず、記憶が新鮮なうちに、それも東京無線に提出されることを十分に認識して作成されたと認められる右報告書(〈証拠略〉)にも、東京無線から無線車乗務員登録取消決定を受けた後の昭和六三年四月一日付けで東京無線に宛てて作成された上申書(〈証拠略〉)にも右のような推測やその前提となる客らの動静についての記載のないことに鑑みると、原告の右供述はにわかには採用し難い。

さらに、原告は、右報告書の記載は表現が足りなかったとか、「ここは混んでいますし、Uターン禁止の場所ですよ。」ということと、仮にそういう規制がないにしても、Uターンはできない状態にあるという趣旨のことを言ったのであって、「ノーマル」ということは一切発言していないとの供述がある。しかしながら、右報告書は、右のとおり東京無線に提出されることを十分に認識して作成されたものであり、原告が当時考え得る最も丁寧な表現を用いたと認められ、(人証略)も、ノーマルでないというのは接客態度不良になる旨の証言をしていることを考え併せると、原告の右供述はにわかには採用し難い。

以上認定したところによると、原告は、本件解雇事由〈23〉の乗客に対する途中下車を強要し、その乗客を下車させるという行為をなしたのである。

原告は、乗車させる際に荻窪までという約定であり、かつ回送中であったのだから右行為は途中下車強要に当たらない旨を供述するが、タクシー乗務員は客が乗車後に目的地を変更した場合にはこれに従うべきであり、このことは回送中に乗車させた場合でも異ならない(〈人証略〉)から、目的地が変更されたこと、回送中の乗車であったことは、途中下車強要を正当化する理由とはなりえない。

また、原告は、体調を保って安全な運転をするためには速やかに食事をとる必要があった旨を供述するが、原告は、右認定のとおり、最終的に清瀬まで行くことを承諾しているのであって、このことに照らすと、安全な運転を行うために速やかに食事をとる差し迫った状況があったとも認めがたい。

2  原告は、昭和五〇年一月一三日付けをもって東京無線の無線車乗務員として登録されたが、右途中下車強要行為発覚後、東京無線は原告及び被告から事情聴取をした後、審議を行い、昭和六三年三月二三日付けをもって、被告に対し、原告の無線車乗務員としての登録を取り消す旨の通知をした(〈証拠略〉)。

他方、被告は、原告の右行為後、原告に対し乗務員としての適格性を欠くと判断して任意退職を促したが、原告はこれに応じず、東京無線の右処分が出た後に被告は任意退職を促したにもかかわらず、なおも原告がこれに応じなかったため、本件解雇をなした(〈人証略〉)。

ところで、被告及び東京無線におけるタクシー乗務員の服務のあり方については、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりであることが認められる。

被告は、東京無線の組合員であるが、同組合は加盟組合員の無線によるタクシー業務を共同化、組織化するとともに優秀な乗務員の養成確保を図ることによって個人、法人を含めた安定した顧客を獲得し、かつ、一般乗客の需要に迅速に対応することを目的として業務を行っている。

東京無線は、右のとおり、顧客の安定化、組織化を目指していることから、その加盟組合員に雇用されている乗務員には、運転技術のみならず接客態度等を含めて一般タクシー乗務員に比べて良質なものが求められている。このことは、顧客の安定化、組織化をより具体化する手段として、組合員は個人、法人の顧客とチケットあるいはクーポン等を通じて継続的契約関係を結ぶことによって組合加盟会社のタクシー利用頻度の増大を図り、かつ加盟組合による無線配車システムを組織化することによる効率的な供給体制をもとに一般顧客を含めて顧客の需要に迅速に対処して、加盟組合員全体の営業収入の増大を図っているためである。したがって、加盟組合員の雇用する乗務員の乗客に対する接客態度の善し悪しは当該乗務員のみならず当該乗務員を雇用する組合員ひいては東京無線の加盟組合員全体に影響をもたらすことになり、乗務員が顧客の信用を失墜すれば東京無線全体が信用を失墜することになる。

このようなことから、東京無線は組合員による共同営業を行うため、運営規定(〈証拠略〉)を設け、かつ優秀な乗務員を養成確保し、かつ利用者の利便の増進等を図るために無線車乗務員登録制度実施規則を設けている。

右実施規則によると、無線乗務員登録を受けようとする乗務員は、その営業所の代表者の推薦を受けて東京無線理事長に登録の申請を行い(三条)、この申請を受けた理事長は、当該乗務員の前歴を調査し、特別教育を実施した後に無線車乗務員手帳を交付し、かつ無線車乗務員登録原簿に登録する。他方、実施規則によって各組合員は、東京無線に登録された乗務員以外の者を乗務させることを禁じられている(二条)。したがって、組合員にとっては、無線車乗務員としての登録は当該乗務員をタクシー乗務員として業務に従事させるための不可欠の要件であり、これを乗務員からみれば組合員に雇用されてタクシー運転手として稼働することを望むならば、必ず東京無線の無線車乗務員として登録されていなければならないことを意味する。登録乗務員に対する登録に関する処分権限は東京無線理事長にあり、理事長は当該乗務員の不行跡の程度により登録取消し、特別教育、登録停止の処分を行うことができる。これらの処分のうち、最大のものが登録取消しであり、組合員にとってその雇用する乗務員が登録取消しの処分を受けるということは、以後自社のタクシーに乗務させることができなくなることを意味するため、登録取消処分は当該乗務員との間の雇用目的の大半を失わせる処分といえる。

ところで、東京無線の運営規定では、罰則規定を設け、タクシー乗務員について所定の違反行為があった場合には、悪質さの程度や違反行為の頻度により、特別教育、七日間ないし三〇日間の登録停止、登録取消しのいずれかの処分がされる旨を規定している。タクシー乗務員が乗客に対し途中下車を強要する行為は、乗車拒否や客に対する暴言、暴力等と並んで最も重大な違反行為であり、当該乗務員に対し最も重い処分である登録取消しをすることとされている。

また、東京無線では、新任乗務員に対し、登録に先立って三日間の研修を行うが、その際使用される教本(〈証拠略〉)にも、途中下車強要に対しては登録取消処分がされ東京無線の組合員のタクシーには乗務できなくなる旨が記載されており、また途中下車強要の具体例として、「感情のもつれ等からお客様が途中で降車した場合」が挙げられており、「一旦実車した場合には、やむを得ない事由のない限り目的地までお送りする義務があります。」と記載されている。また、右研修を修了した者に対しては無線車乗務員手帳(〈証拠略〉)が交付されるが、この手帳の中にも途中下車強要に対しては登録取消処分がされる旨の記載がある。

3  そこで、本件解雇の有効性について検討する。

以上認定したところによると、原告には被告が本件解雇事由の中で主張する乗車拒否(〈1〉、〈18〉)、到着遅延(〈3〉、〈9〉、〈12〉ないし〈14〉、〈16〉、〈20〉)、虚偽通信(〈8〉)、感情運転(〈22〉)、乗務拒否(〈10〉)、駐車待機違反(〈17〉)、勤務態度不良(〈2〉、〈4〉、〈5〉、〈15〉、〈19〉、〈21〉)、途中下車強要(〈23〉)が存したのであり、このうち、とりわけ乗車拒否は就業規則(〈証拠略〉)の上でも懲戒解雇事由ともなっている(一一一条、一一二条)。

そして、原告は、右〈23〉の途中下車強要行為を理由に原告が東京無線から無線車乗務員としての登録を取り消され、無線車に乗務することができなくなったというのである。してみると、被告が原告を雇用した目的の大半は失われたと言うことができる。

そうすると、本件解雇には解雇事由が存したのであり、これが無効となる事由の存しない限り、本件解雇は有効であるというべきである。

原告は、本件解雇は組合活動家である原告を排除するためになされた旨を主張する。

なるほど、原告は、被告に雇用されて約半年後から被告の従業員によって組織されている同盟交通労働組合の執行委員に選任され、法規対策部、組織部、教育宣伝部の各部長を歴任し、さらに、中央委員、選挙管理委員会委員長、組合規約改正委員会委員などを歴任しており、積極的に組合活動に参加していたこと、そして、昭和六二年当時、チャート紙の取扱いに関しその取扱いを軽々に乗務員に委ねるべきではない旨の主張をしていたこと(原告の供述)を認めることができる。

しかし、本件解雇には前述したとおりその事由が存するのであり、被告としては、かねがね原告の前記〈23〉を除く乗車拒否等の勤務態度に問題意識を抱いていたところに、右〈23〉の途中下車強要行為とこれを理由とした東京無線による無線車乗務員登録取消処分を受けたという事態を深刻に受け止め、これ以上原告との間で雇用関係を継続することはできないとの判断を固めて本件解雇を決意するに至ったものであり(〈人証略〉)、原告に任意退職を勧めたものの、原告がこれに応じなかったので本件解雇をなすに至ったというのである。

このように被告が本件解雇をなしたのは右の点にあったのであり、そして、これ以外に、活発な組合活動家であった原告を排除するために本件解雇をなしたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

次に、原告は、本件解雇は被告の意思によらずに解雇権限のない者によってなされた旨を主張する。

しかし、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、本件解雇は被告の取締役営業部長中村久夫によって原告に「解雇通告書」(〈証拠略〉)によって伝達されたが、本件解雇それ自体は被告によって決定されたことを認めることができる。

したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。

また、原告は、本件解雇は就業規則の適用条項を明示しないでなされたので、重大な手続違背をなしている旨主張する。

しかし、解雇の意思表示に際しその適用条項の明示のないことが解雇を無効とする事由とはなり得ないと解すべきである。したがって、この点に関する原告の主張は、その余の点についての判断をするまでもなく理由がない。

最後に、原告は、本件解雇は原告に告知・聴聞の機会を与えないでなされたので、重大な手続違背をなしている旨を主張する。

証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、被告は原告に対し、本件解雇をなすに際し、前記「解雇通告書」(〈証拠略〉)をもって、「原告がタクシー乗務員としての適性を欠いていること及びその他諸般の事情により」解雇する旨通告しており、被告の原告に対する本件解雇理由の告知としては右の通告内容で十分であるというべきであるし、また、本件解雇をなすに際し、原告に告知・聴聞の機会を与えるべきことを保障する根拠となる規定等も認めることはできない。

したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。

4  以上のとおりであるから、本訴賃金請求のうち、その余の部分についても理由がない。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 小佐田潔 裁判官 蓮井俊治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例